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セザール・フランクの楽風普及に努めたヴァンサン・ダンディの生涯・作風・代表曲
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ヴァンサン・ダンディの生涯 |
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ポール・マリ・テオドール・ヴァンサン・ダンディ(Paul Marie Theodore Vincent d'Indy)
南フランス貴族を父系に持つポール・マリ・テオドール・ヴァンサン・ダンディ(1851年5月27日 - 1931年12月2日)は、ドイツロマン派の影響を受けるが、後にセザール・フランクの精神を引き継ぎフランス国民音楽協会会長になった作曲家兼音楽教師。
パリで誕生したダンディは、生後間もなく母を亡くしてしまったため、祖母の手で育てられ、幼少の頃からピアノや作曲を学びます。
1872年パリ国立音楽院でセザール・フランクから音楽を学んだダンディは、その精神に深く感銘を受け、フランス国民音楽協会に協力しながらセザール・フランクの精神の普及に努めました。
なお、セザール・フランクの死後ダンディは、フランス国民音楽協会の会長に就任しています。
1894年ダンディは、セザール・フランクの音楽精神を伝えるため、シャルル・ボルドやアレクサンドル・ギルマンと協力して、パリにスコラ・カントルムを創設して校長の職に就き、生涯を後進の音楽指導に尽力しました。
各国を旅行していたダンディは、ドイツでリスト、ブラームス、ワーブナーらに会い、特に1876年に「バイロイト祝典劇場」で初演されたワーグナーの「ニーベルングの指環」を聴いて、強い感動を受けたようです。
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ヴァンサン・ダンディの代表曲 |
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ダンディの作品は、今日ではあまり演奏されていないが、純粋で崇高な作品を残しています。
▼交響曲
・「交響曲第1番(フランスの山人の歌)」op.25(1886年)
・「交響曲第2番変ロ長調op.57
・「交響曲第3番ニ長調(麗しきフランス)」op.70(1918年)
▼交響詩
・「ヴァレンシュタイン」op.12
・「山の夏の日」op.60(1904年)
・「海辺の詩」op.77(1918年)
その他室内楽曲、ピアノ曲、声楽曲、オペラなども作曲しています。
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