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ロシア国民楽派の基礎を作ったミハイル・グリンカの生涯・作風・代表曲


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ミハイル・イヴァノヴィチ・グリンカの生涯

ミハイル・イヴァノヴィチ・グリンカ(Michail Ivanovitch Glinka)

富裕な地主の家庭に生まれたミハイル・イヴァノヴィチ・グリンカ(1804年6月1日- 1857年2月15日)は、ロシア国民楽派の基礎を作った作曲家で、その後、グリンカの遺志を継いだ「ロシア5人組」によって「ロシア国民楽派」が発展。

少年時代から音楽を学んでいたグリンカは、1830年ミラノで作曲を学び、イタリアの進歩的な芸術や音楽、とりわけ歌劇(オペラ)に感激し、オペラ作曲家を志します。

帰国したグリンカは、1836年に「皇帝に捧げた命」を発表し、聴衆の大好評を得ました。

さらにグリンカは、1842年、オペラの第2作となる「ルスランとリュドミラ」を発表。

その後、パリ、スペイン、ポルトガルなどで作曲を続けたグリンカは、対位法を学ぶためドイツを訪れていた時、滞在先のベルリンで亡くなっています。

ミハイル・イヴァノヴィチ・グリンカの代表曲

歌劇(オペラ)
・「皇帝に捧げし命
・「ルスランとリュドミラ」

管弦楽曲
・「アンダンテ・カンタービレ ニ短調」
・「ホタ・アラゴネーサ」
・「カマリンスカヤ」
・「マドリードの夏の世の思い出」

その他
・「クラリネット三重奏曲(悲愴トリオ)ニ短調」

ピアノ曲や歌曲、合唱曲なども作曲。
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