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ノルウェーを代表する国民楽派音楽家エドワルド・グリークの生涯・作風・代表曲


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エドワルド・グリークの生涯

エドワルド・グリーク(Edvard Hagerup Grieg)

スコットランド出身で英国領事の父の子としてノルウェーのベルゲンで生まれたエドワルド・グリーク(1843年- 1907年9月7日)は、ノルウェーを代表する音楽家。

幼い頃から母親にピアノを習っていたグリークは、1858年ライプチヒ音楽院に入学し、音楽理論やピアノを学びます。

1862年ライプチヒ音楽院を卒業後、故郷ベルゲンに戻ったグリークは、翌1863年にコペンハーゲンでニールス・ガーデ(Niels Gade, 1817年〜1890年)から音楽を教わり、国民楽派の影響を受けました。

なお、ニールス・ガーデは、スカンジナビア地方における音楽の開拓者で国民楽派の普及に努めた音楽家として知られています。

また、ガーデの後を継いだ作曲家にオーギュスト・ニールゼン(August Nielsen, 1865年〜1931年)がいます。

1865年イタリア旅行から帰ったグリークは、クリスチャニア管弦楽団の指揮者となります。

1867年には、かつてノルウェーの民族音楽樹立について共に語ったリカルド・ノルダーク(Rikard Nordaak, 1842年〜1866年)の親戚で歌手のニーナ・ハーゲループと結婚。

1870年に音楽協会を創立したグリークは、その後積極的に作曲活動を展開しながら各地に演奏旅行に出かけ大成功を納めますが、年来の疾患が悪化し1907年生地ベルゲンで64歳の生涯を閉じました。

エドワルド・グリークの代表曲

交響曲
・「交響曲ハ短調」

協奏曲
・「ピアノ協奏曲イ短調」

弦楽四重奏曲
・「フーガ ヘ短調」
・「弦楽四重奏曲第1番ト短調」
・「弦楽四重奏曲第2番ヘ長調」

その他
・「ペールギュント組曲」
・「ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ長調」
・「ヴァイオリン・ソナタ第2番ト長調」
・「ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ短調」
・「ガヴォット」
・「チェロ・ソナタ イ短調」
・「ピアノ・ソナタ ホ短調」

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