ベドジフ・スメタナの生涯・作風・代表曲<クラシック音楽の有名作曲家・音楽家一覧<初めてのクラシック音楽

交響詩「わが祖国」で有名なボヘミア国民楽派スメタナの生涯・作風・代表曲


コンテンツ
HOME
クラシック音楽史
作曲家一覧
クラシック音楽用語
相互リンク集
お役立ちリンク集
プロフィール
相互リンク依頼
お問い合わせ

[PR]
8月中のみ
無料プレゼント

↑↑↑↑↑↑
駆け込み申込者続出


ベドジフ・スメタナの生涯

ベドジフ(またはベドルジハ、ベトルジヒ)・スメタナ(Bedrich Smetana)

ボヘミア北部(チェコ)のリトミシュルでビール醸造技師の息子として生まれたベドジフ(またはベドルジハ、ベトルジヒ)・スメタナ(1824年3月2日 - 1884年5月12日)は、ボヘミアで歴史に名を残した最初の音楽家。

スメタナは、幼い頃から音楽の才能を発揮しており、成人してからは音楽学校の教授を務めています。

作曲家フランツ・リストと交流があったスメタナは、リストの影響を受けて交響詩を作曲しました。

交響詩「わが祖国」は、スメタナの代表作として有名です。

スメタナは、ワーグナーによって始められたライト・モチーフを用いた歌劇(オペラ)も作曲しましたが、殆ど成功しませんでした。

ですが、1866年に発表された歌劇「売られた花嫁」だけは、大成功を収めています。

1874年スメタナは、梅毒によって聴覚を失ってしまいますが、それでも作曲を続けました。

しかし、経済的に困窮したスメタナの生活は次第に苦しくなっていきます。

1883年スメタナは精神に異常をきたして入院し、翌1884年60歳の生涯を閉じました。

ベドジフ・スメタナの作風

スメタナが生きた当時のボヘミアは、オーストリアに支配されていたため、革命運動が起こっていました。

そのため、反オーストリア感情の高揚に伴い、ボヘミアの民族意識も高まりだします。

そのような社会情勢の中、スメタナも民族主義に目覚め、音楽にその民族的要素を取り入れました。

なお、アントニン・レオポルド・ドヴォルザークは、スメタナの影響を受けたボヘミア最大の作曲家です。

ベドジフ・スメタナの代表曲

歌曲(オペラ)
・「売られた花嫁」(いくつか作曲したオペラ中で唯一成功した作品)

交響詩
・「リチャード3世」
・「ヴァレンシュタインの陣営」
・「わが祖国」(スメタナの代表作)

◆弦楽四重奏曲「わが生涯」

▲上に戻る

相互リンクについて

当サイトはリンクフリーですが、アダルト・MLMでのリンクはご遠慮ください。


Copyright (C) 2006 初めてのクラシック音楽 , All rights reserved.