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中世期時代の中世音楽(中世西洋音楽)とは?
中世音楽(中世西洋音楽)は、6世紀頃〜15世紀の中世での音楽を指します。
中世期以前は楽譜が存在しないため、どのような音楽だったのか明確ではありませんでしたが、9世紀頃、ネウマ譜(ネウマを用いた記譜法)が考案されたことにより、当時の音楽を楽譜として後世に語り継ぐことが可能となりました。
中世では、教会が音楽の中心の場であったため、音楽といえば聖歌が大半でした。
初期の聖歌は、伴奏もなく節回しを付けただけで祈りの言葉を唱えるという形態のものでしたが、やがて、この聖歌に旋律が加わり、発展していきました。
そして、7世紀頃には、初代ローマ教皇グレゴリウス1世の名にちなんだグレゴリオ聖歌(現在では、いやしの曲として人気があります)が確立します。
9世紀頃になると、単旋律だった聖歌にハーモニーが加えられるようになります。
12世紀後半には、フランスのパリ・シテ島にノートルダム大聖堂が建立されるとグレゴリオ聖歌は益々盛んになり、多くの作曲家たちが2声から3声、4声へとハーモニーを積み重ね、新しい形態の聖歌が誕生しました。
キリスト教の聖歌であるグレゴリオ聖歌以外にも、フランスではトルバドゥール(11世紀南フランスのプロヴァンス地方で、貴族出身の騎士道による音楽活動)やトルヴェール(12世紀頃北フランスで起こった騎士達の音楽活動)、ドイツではミンネゼンガー(又はミンネジンガー)(12世紀頃、フランスのトルバドゥールの影響を受けて、人間愛などを歌った吟遊詩人)と呼ばれる、音楽を奏でながら誌を吟じる人たちの世俗音楽があります。
当初の世俗音楽は、文学や音楽の教育を受けていた騎士や貴族たちの作によるものでしたが、次第に、喉や音楽に才能のある人々が吟遊詩人や音楽職人として人気を得るようになっていきました。
しかし14世紀になると、ヨーロッパ中でのペスト大発生をはじめ、イギリスとフランスの間の百年戦争や宗教裁判、魔女狩りなど、中世時代にとっての困難な時期(暗黒の中世と呼ばれている時期)に突入し、やがて来る文芸復興・人間讃歌のルネサンスを迎えます。
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